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  • 執筆者の写真池永敏之

戦争終結論について考える


 一昨日の昼、テレビのワイドショーで、ITを駆使して被爆の記録を後世に残そうとする渡邉東大教授の取り組みが放映されていた。私たちは原爆が落とされた時の巨大なキノコ雲をモノクロ写真でしか見ていないが、これに人工知能(AI)で色を付けると、雲の上部は薄いピンク、下の約9割が灰色という2色になっていた。灰色は、地上の建物などの破壊された塵芥が吸い上げられたものだとコメンテーターが語っていた。渡邉教授はカラー化の狙いを「過去のできごとと現在の日常との心理的な距離を近づけ、鑑賞者どうしの対話を誘発する」ことだと明かしている。確かにカラーで見ると、遠い昔の他人事のようであったものが、とても身近に感じられた。ロシアによるウクライナ侵攻によって核の脅威が現実のものとして迫ってきている折でもある。


 ネットによると、当時の広島市の推定人口35万人のうち,9万〜16万6千人が,被爆から2〜4か月以内に死亡したという。テレビでは、77年前の東京大空襲で戦争孤児となった海老名香代子さん(83歳)がビデオ出演して、当時の体験を語っていた。


 私の叔父(父の兄)は、東南アジアに出征し、戦死したという。祖父はこの叔父と叔母(父の姉・成人前に病死)の2人の子供を失くしており、毎朝6時に仏壇の前でお経を読むのを日課にしていた。無口で頑固な祖父だったが、私が中学生の頃まで長生きしていたので、叔父のことを聞けなかったのが悔やまれる。作家の大岡昇平は、フィリピンでの戦争体験をもとに「野火」という小説を書いた。戦地における殺戮、孤独、人肉食などが取り上げられており、映画にもなった。私はこの小説を読んで、外地で戦死した叔父も同じような体験をしたのではないかと思った。長い行軍が続き、飢えや乾き、塩分の不足、マラリアで次々と仲間が脱落していく。生きるために、「猿の肉」と称して人肉を食する者が現れ、塩を巡って争いが起きる。とても戦争を続けられるような状況ではなかった。


 今朝の朝日新聞に「戦争はどう終わるのか」というテーマで、「防衛政策史・戦争終結論」を専門とする政治学者へのインタビュー記事が載っていた。米国による2回の原爆使用とソ連の対日参戦。そんな破滅的な結末を避けられず、戦争の終局で膨大な犠牲者を出してしまった日本は、戦争終結に失敗した国だという。戦争関連の事柄を見聞きするにつけ、私はこのことを子供の頃から強く感じていた。なぜもっと早くやめられなかったのだろうか。


 日本の指導部は、米軍に有効な一撃を加えたり、ソ連に米国との仲介をしてもらったりすることを通じて、より有利な和平を目指そうと考え続けていた。この考えが非現実的であると認めることから目を逸らし続けてしまったのだと政治学者は言う。なるほど、と私は思った。と同時に、これはフェスティンガーによる「認知的不協和」の理論で説明できるなと考えた。


 「認知的不協和」とは、自分の思考や行動に矛盾があるときに生じる不快感やストレスのことを言う。日本の指導部にとって、「降伏」は想像を絶するストレスだったに違いない。これを回避するため、「米軍に一矢を報いて有利に戦争を終わらせる、米国と対立するソ連が仲介に乗り出すはず」という自分に都合の良い思い込みをした。これが認知的不協和の理論だ。


 成績の上がらないA君が、母親から「東大に合格したお兄さんを見習いなさい」と言われたとする。A君は「お兄さんのように東大に合格したいが、努力はしたくない」と考えている。この矛盾を解消するために、「兄貴はもともと頭が良い」「兄貴は勉強が好きで、そもそも性格が異なる人間だ」などと考える。これも、認知的不協和の解消を図った身近な例と言える。


 自分の現状と向き合い、どう行動すべきかを正しく判断して行動しなければ、自分にとって不幸なことになる。


 ウクライナが侵攻されたときに、「犠牲を防ぐために早く降伏すべき」と発言する識者がいた。政治学者は、「米国による敗戦後の占領は寛大だった」というイメージに基づいて戦争終結を考えているなら、一面的過ぎるという。実際、ソ連に侵攻された中国大陸の旧満州では、ウクライナで見られるような悲惨な事態が起きていた。勝ち目がないのに犠牲を払うことは問題だが、戦うべきなのに妥協してしまって戦争の惨禍が何度も繰り返されてしまう事態も避ける必要があるという。


 安全保障を考える際には、やむを得ない場合に①いかに戦争を始めるか、②いかに勝利するか、③いかに終結させるか、の3点を考える必要があるという。


 ロシアとウクライナは、互いにより有利な妥協的和平を狙って、相手の現在の犠牲を増やし合う。そんな戦局が続くことが残念ながら予想されるという。そもそも戦争は、互いが理性を失って行う国同士の喧嘩だ。より力の強いものが抑え込まねば終わらない。応仁の乱が11年も続いたのは、東西の勢力が拮抗していたからに他ならない。


 戦力で大きく上回るロシアは、簡単にウクライナを落とせると踏んでいたが、思いがけない反撃にあい、西側諸国の武器供与もあって苦戦している。子供の喧嘩では、仕掛けた方が悪いとされる。これを全世界がロシアにはっきり示さないと、犠牲者が増えるばかりだ。


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