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  • 執筆者の写真池永敏之

港南小学校の友達との別れ

更新日:2022年8月10日


 品川駅から東へ向かうと、東洋水産㈱のある旧海岸通りの港南2丁目交差点に至ります。その先の京浜運河を渡った右手には東京水産大学(現在の東京海洋大学)、そこからさらに先の海岸通りと交わる交差点の左側に港南小学校があります。小学校のすぐ先には東京モノレールが走っています。


 私の生まれ育った所は、旧海岸通りの「港南2丁目交差点」と「新港南橋」の間の東京湾側にあった東京都水道局の官舎です。官舎と地続きで水道局の工場があり、水道メーターなどを作っていたように記憶しています。入り口の門には守衛さんがいて、中には工場の他に事務室や風呂場がありました。広い敷地には子供が入れるくらいの大きさの土管が積み上げられたり、平置きされたりしており、廃車になったダイハツミゼットなども停まっていました。付近に公園などというものはなく、ここが官舎の子供たちの格好の遊び場でした。


 私と同学年には隣の純ちゃん、一つ先の路地を入った奥の家には富ちゃんがいて、3人は遊び仲間です。純ちゃんと富ちゃんのお父さんは水道局の工場勤務で、私の父は事務室で働いており、私は午後5時になるとよく門まで父を迎えに行きました。工場勤務の人たちは、油で汚れるからか、お風呂に入ります。お風呂場の外には、使い捨ての錆びたカミソリがたくさん捨てられていました。


 小学校1,2年は、都営浅草線の「泉岳寺」から東に向かった旧海岸通りの手前にある芝浦小学校にバスで通い、3年生からは港南小学校が開校したため、徒歩になりました。芝浦と港南は東京湾を埋め立てて出来た地域のため、緑が少なく、土を掘ると貝殻がたくさん出てきます。ソニーを始め企業の倉庫が多く、住宅は少なかったのですが、港南4丁目に都営アパートが出来、ブランコや滑り台などの遊具を備えた公園も作られ、子育て期の転入者が増え始めました。


 港南小学校は各学年1クラスで、児童の大半が都営アパートに住む子供たちです。印象に残る同級生にはO君やN君、K君、S君、Mi君、Taさん、Tsさん、Myさんがいます。N君は顔が大きく、逆三角形のおにぎりのような顔立ちです。家に遊びに行くと、おばさんがダイニングテーブルでおやつをご馳走してくれました。我が家の食卓は和風の「ちゃぶ台」ですから、洋風の椅子とテーブルはとても近代的に感じました。


 しばらくして、N君が急に学校を休むようになりました。担任の先生からその理由を聞いて、私は大変なショックを受けます。彼のお母さんが亡くなったというのです。もしも自分の母が亡くなったら、胸がはりさけるほどの悲しみで、心を病んでしまうだろうと思いました。しかし、それからN君は前と変わらず登校してきました。悲しみをこらえ、平静さを装っていたに違いありません。


 その後、N君はお父さんの実家に引っ越すことになり、級友とも引き離されてしまいます。大人の庇護を受ける子供の弱さや無力さを目の当たりにして、私は彼が可哀相でなりませんでした。

 

 Mi君の家は廃品回収業をしていて、台風が来たら飛ばされそうな家の前にダンボールや古紙の束が積まれていました。生活は楽でなかったと思います。児童は先生から毎月、給食袋を渡され、それを家に持ち帰り、給食費を入れて先生に渡すのですが、Mi君は期限に届けることが出来ませんでした。服は着古され、靴はかかとがすり減っていましたが、クラスの仲間は気にも留めず、彼も明るく振舞っていました。しかし、そんな彼の影の部分を時々感じていたのは私だけだったでしょうか。2人で遊ぶと、何となく寂しそうな表情を見せるときがあるのです。もしかすると私は、彼から家庭の悩みを聞いていたのかもしれません。泥で汚れたランニングシャツに半ズボン姿、素人が切ったような不揃いの髪、憂いのある微笑み、友達思いの優しさ・・・、私は彼が大好きでした。しかし彼との付き合いは短く、転校生で来たのに、仲良くなったと思ったら、またよそへ出ていってしまいました。


 この時、まさか私も数年後に港南小学校を去ることになるとは、夢にも思っていませんでした。


 港区の港南は埋立地で、当時は企業の倉庫ばかりで歩いている人は少なく、お店は品川駅まで行かないとありません。誰が所有しているのかわからない空き地が多く、そこに掘っ立て小屋を建てて住んでいる人もいました。また、水道局の工場の裏手には京浜運河があって、そこには、北朝鮮の木造船のような船が係留されていました。今から思えば、宮本輝の小説「泥の河」に出てくるような船を住処とする人がいたのかもしれません。幼少の頃に一緒にブランコで遊んだあの女の子は、京浜運河の方へ帰って行った気がします。彼女の記憶はおぼろげで、いつとはなく私の前に現れ、いつの間にか消えてしまう霧のようなはかない存在でした。


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