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  • 執筆者の写真池永敏之

倉庫作業員

更新日:2022年8月10日


 昨晩は白井市でも雨が音を立てて激しく降った。午前中も雨模様なので外出する気がせず、6月決算の衣料品店さんの帳簿の確認と仮決算をやった。未確定なのは在庫の棚卸高。これが決まれば売上原価がわかり、粗利益→営業利益→経常利益→税引き前利益というように損益計算書の各段階の利益が確定するのだが、移動・保管中に損傷したものや、陳腐化して商品にならないものは棚卸減耗損として処分する必要がある。6/30に倉庫の棚卸をしたのだが、こうした見切り品の判断が難しい。仕入先が赤伝を切って引き取ってくれればよいが、再流通しないものはそうはいかない。


 暑い中、クーラーの効いていない倉庫で作業するのは大変だ。じっとしていても汗が額からポタポタ垂れて、バインターに挟んだ記録簿を濡らしてしまう。つい先日、団地の防災倉庫で備品の在庫確認をしたときはサウナに入っているようだった。


 倉庫といえば椎名誠の短編小説に「倉庫作業員」というのがある。これをもとに山田洋次監督は「息子」という映画を製作した。東北の片田舎から東京に出てきた青年は、純真で気が優しいのだが、飽きっぽい性格のため仕事を転々とする。亡くなった母親の法事で帰省すると、父親を始め兄や姉、その他の親族から口々に説教されてしまう。悔しい思いで東京に戻った彼は、一念発起して新しい仕事に就くが、これは直径2㎝、長さ5m程もある鉄骨をトラックに載せて注文主の倉庫へ運び、納品書に受領印を貰って帰ってくるという 「きつい・汚い・危険」な3K作業だった。これまで採用された作業員はすぐ辞めていることから、先輩作業員たちは彼がいつまで持つか掛けをするほどだった。


 しかし彼は親族に説教されたのがよほど悔しかったのか、それとも肉体労働が性に合っていたのか、不満を言わず黙々と作業をこなし、先輩たちはこれまでの若者との違いに驚く。

やがて彼は会社からの打診を受け、正社員になる。


 彼がトラックで配送する先のひとつに、若い女性が事務を務める倉庫があった。彼は鉄骨を所定の場所に運び、帰り際に納品書を彼女に渡す。彼女はその控えに判を押して彼に戻すとき、いつも『ふわり』と花のように笑った。彼は次第に彼女に恋心を抱くようになる。ある日、それがどうにも抑えられず、彼は意を決して彼女に声をかける。しかし彼女は困ったように微笑むだけで、問い掛けへの反応がなく、彼は彼女の気持ちが理解できずにイラつく。


 ある日、彼がいつものように納品に訪れると、彼女に代わって年配の女性がいた。その人から、彼は衝撃的な話を聞く。ふわりと微笑む女性は、聴覚障碍者だというのだ。その時やっと彼は彼女のあの困ったような笑い顔の意味がわかった。なんだかざわざわと、心の奥のほうから、彼は果てしなく切ない気がした。「いいではないか。だからなんだというのだ。それがどうしたというのだ。おれはまったくそんなことに驚きも騒ぎもしないんだぞ。いいではないか、まったくいいではないか」彼は大いに憤怒し心の中でそう叫んだ。彼女に偏見を持つ人全てに対して。


 その後、彼は彼女に思いを告白し、結婚を前提に付き合うようになる。


 父親は昔の仲間との同窓会に出席するため上京した際、長男夫婦のマンションに泊まるが、一人暮らしの父を引き取るか悩む二人の態度がよそよそしく、くつろげずに一晩を過ごす。そして翌日は1間しかない次男のアパートを訪ねる。

 するとそこには見違えるように大人になった次男がいた。もう一つ驚いたのは、彼女を紹介されたことだ。次男は彼女と結婚して家庭を築くのだ。親父から反対されても意思は曲げないという。彼女は初対面の父親に暖かく接した。父は二人の仲睦まじい様子に感動する。その晩は嬉しさのあまり興奮してなかなか寝付けず、狭いアパートに息子と枕を並べ、結婚式の段取りや親戚の者にぜひ彼女を紹介したいと語り合う。


 私は、彼が「だからなんだというのだ。それがどうしたというのだ」と自身を含む世間一般に問いかけ、「おれはまったくそんなことに驚きも騒ぎもしないんだぞ。いいではないか、まったくいいではないか」と自答するセリフにジーンと胸を熱くした。純真無垢な彼の性格をよく表している。そして、強固で微動だにしない彼の愛の強さや、障害を持つ彼女を社会の偏見や様々な困難から守り抜くという信念がズシンと伝わって来る語り口であった。


 映画の主なキャスト

 永瀬正敏、和久井映見、三國連太郎


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