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  • 執筆者の写真池永敏之

ルノアールの「イレーヌ カーン ダンヴェール嬢」

更新日:2022年7月15日




 小学6年生のとき、互いのクラスを訪問し合い、展示された図工作品を鑑賞する行事があり、1クラス当たり43名✕6組で258名が一斉に移動しました。作品は教室の後ろのロッカーの上や、壁に掲示されたりしていたため、どうしても児童が集中し、満員電車の中のようになりました。周囲の児童に押されるまま移動していると、突如、視界にルノアールの絵画のような美少女が現れたのです。雷に打たれたようになった私は、人ごみに押されて一瞬、彼女と密着しました。これがKMさんとの最初の出会いです。


 中学に上がると、親友からKMさんに関する情報が入るようになりました。彼女の写真が小学校近くの写真館のショーウインドに飾られていること。テニス部の先輩が彼女に告白したが、ふられたこと。男子の多くは彼女にあこがれているが、しょせん高嶺の花とあきらめていること。彼女は大人びていて、男子を弄ぶようなところがあること。などです。


 さて、何と中二で彼女とクラスが一緒になるという奇跡が起きました。しかも席が隣り合わせです。彼女は私のことを「池ちゃん」と呼び、気軽に話しかけてくれ、互いに冗談を言い合い、夢のような日々を過ごしました。当時の私はヤセたチビで、勉強も運動もできず、劣等感の塊のようでした。そうした主人公が野球選手として大活躍するという短編小説を書いて彼女に見せたところ、とても喜んでくれ、「男子を弄ぶ」という噂が本当でも構わないと思うようになりました。


 学校のベランダは南向きで、季節によっては5時間目の終わり頃になると教室に西日が差し込んできます。ある時、その日差しが窓際の席の彼女をスポットライトのように照らし出しました。それはもう、筆舌に尽くしがたい美しさで、私は隣の彼女を見つめながら思わず「綺麗!」と声に出してしまいました。彼女は私の気持ちを知ってか知らずか、はにかみながらも嬉しそうに微笑んでいました。


 KMさんは幼いころからピアノを習っており、秋頃でしょうか、発表会が上野の東京文化会館であるので、一緒に行こうと誘われました。もちろんOKしましたが、着ていく服や靴がなくて困りました。そもそも発表会などには縁がなく、どんな服装で行ったらいいのか皆目見当がつきません。仕方なく、靴は父親の通勤用の革靴を借りることにしました。ヤセたチビが大人の革靴を履き、美少女と一緒にいるのですから、周囲に奇異に映ったに違いありません。常磐線の車内で3人組のサラリーマンにからかわれました。私が食って掛かると、彼女はお姉さんのように「池ちゃん、やめて」と苦笑しながら止めてくれました。文化会館では、彼女の演奏を聴いていたはずなのにほとんど記憶がありません。ショパンの曲だったのではないでしょうか。未だに雨だれの前奏曲ノクターンを聴くと、遠い日の彼女を思い出すのです。


 お昼は彼女と二人で松坂屋デパートの食堂で鉄火巻きを食べました。なぜもっと気の利いたところを選ばなかったのかと、今でも悔やまれます。


 中三のクラス替えで別々になり、以来、話すこともなく、社会人になってから、彼女が結婚し、その後離婚したことを知りました。今、もしも夢で彼女に会えたなら、ショパンの曲が流れるレストランでまた一緒に食事をしたいと思います。



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